I sing ammore, le canzoni di Pino Massara

I SING AMMORE(僕はアモーレを歌う)、ピノ・マッサーラの歌の数々a

ピノ・マッサーラ(本名ジュゼッペ・プレヴィデ・マッサーラ、1931年ヴィジェヴァノ生まれ 2013年パドヴァ没)は、多作で独創的な歌の書き手でした。化学で大学を卒業したものの、音楽院で5年学んだ経験がある彼は音楽を選び、1959年にニコラ・アリリアーノの哀愁のスタイルを特徴付ける曲のいくつかをデビューします。彼の「Permettete signorina」のレコード録音を聴いたナット・キング・コールは、「Cappuccina」と題したヨーロッパコンサートのオープニングのテーマ曲として提案しました。マッサーラは、アル・バーノが世に出る上でも一役買いました。ヴィト・パッラヴィチーニの作詞で、1967年のヒット曲(同名のムジカレッロ映画の主題歌となった「Nel sole(邦題:太陽のある限り)」)や1968年のヒット曲(サンレモ祭で発表した「La siepe(邦題:愛の垣根)」)を作曲しています。国際的なリズムやサウンド(ロックンロール、チャチャチャ、タンゴ、リズム・アンド・ブルース)の傾向を強く持つピノ・マッサーラの歌は、ディーン・マーチン(「Grazie prego scusi)」)、ウィルソン・ピケット(パオロ・コンテと書いた「Deborah」)、チャカチャス(ブルーノ・マルティノが発表した「Por dos besos」)といった歌手がレコードを出し、1970年代にはユーロディスコのスターグループであるボニーM(「Margherita」)がレコードを出しています。デビュー当時のミーナのための多くの歌に加えて、「La coppia più bella del mondo(世界最高のカップル)」をはじめとする、チェレンターノのために書いたさまざまな歌も目立ちます。映画の主題曲や、劇、寸劇の音楽やテレビ・ラジオ番組のテーマ曲(例えば、ジーノ・ブラミエリの番組 Batto 4)も多くあります。また、子供の歌番組であるゼッキーノ・ドーロへも積極的に参加しており(「Il coccodrillo(ワニの鳴き声)」)、イタリアの子供たちの記憶に残り続けるでしょう。